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#12「合計特殊出生率にみる目の前の危機」石橋 仁美 (HMS役員 | 大阪学院大学 経営学部 准教授)
厚生労働省が、2023年の「人口動態統計」の概数を、6月5日に公表しました。1人の女性が一生のうちに産む子どもの数の指標となる「合計特殊出生率」は1.20と、1947年に統計を取り始めて以降、最も低くなりました。都道府県別でみると、最も低かったのは、東京都で0.99と1を下回り、最も高かったのは沖縄県で、それでも1.60で、約10年前の全国指標数と同程度なのです。8年連続低下し続けこの数字となりました。
厚生労働省は、「少子化の進行は危機的で、若年人口が急激に減少する2030年代に入るまでが少子化の傾向を反転できるかのラストチャンス」としています。わたくしの個人的な見方としては、少子化はすでに30年前から始まっていたと思っています。婚姻数の過去最高は1972年の109万9984組がピークでした。これは第一次ベビーブームの子世帯が結婚年齢に達した時期でもあるのです。この時期に25歳から40歳を迎える世帯が子どもを産まなくなってきたということは、母が長年経営してきた幼児教室を20年前に園児不足のため閉園したことから実感しています。少子化対策の成功例として取り上げられるフランスは、1982年から取り組んでいます。今後さらに妊娠適齢期の女性の人口が減少していくことを考えれば、すでに遅いのかもしれないと思うのです。
少子化の最大の理由には、未婚化と言われています。生涯未婚率の増加は、2022年の厚生労働省のデータでは、男性28.3%、女性17.8%となっています。厚生労働省としては、「少子化の要因には、経済的な不安定さや仕事と子育ての両立の難しさなどが絡み合っているので、男性の育休の取得推進や若い世代の所得向上など、必要な取り組みを加速させていきたい」としています。果たしてそれで反転するのでしょうか。
今NHKの朝のドラマ、「虎に翼」の視聴率が高く若い女子に人気だと言われています。100年前の主人公の母の言葉は、ひとつひとつ心に刺さるのは我々世代です。結婚・妊娠・出産のたびにキャリアを否定されてきた昭和の女性たち。つい30年~40年前も変わりませんでした。第一線で活躍する尊敬する女性リーダーの多くは独身です。しかしこの「虎に翼」が今の世代に受け入れられているのは、単なる男女平等史でも男女の優劣を描く物語でもないところです。男性側の生きづらさも表し、集団内や組織内において自信を失っていたり、本来の持ち味を出せていなかったりする仲間がいたとき、周囲がその人らしさや能力が発揮できる環境づくりをすることを指仲間たちの存在によって自分らしさを取り戻す過程も描写されています。また、個人にハンディキャップやマイナス面があっても周囲はそれを補わず、その個人が持つ長所や力をより引き出そうとする、立場と個性の尊重が伝わってきます。それが現代の社会にも欠けており、それを取り上げている所に共感が持たれていると言われています。
さて、政府の言う 「異次元の少子化対策」はその大半が既に結婚した夫婦を対象としていますが、金額だけ次元の異なる政策を行っていても、少子化問題の解決にはつながらないのではないと考えます。事実婚や、結婚していなくても子どもを産みたい人が、結婚した家庭とおなじように育てることができる制度も検討のひとつです。まずは社会にいるすべての生きづらさを抱えている今の20代30代に、一人ひとりが本来持っている力を発揮し自らの意思決定により自発的に行動できる社会だと感じさせること、将来は明るく将来に対して夢を描ける社会であるという信頼感を政府が与えること、そして結婚して子どもと過ごす日々が楽しいものであるという社会構造にすることなどが、その世代が本当に望むものではないかと考えます。「合計特殊出生率」の上昇を考える前に、一人ひとりが抱える生きづらさに向き合う社会を望みます。1986年に施行された男女雇用均等法の後に生まれた今の20代30代にとって、男女平等は当たり前なのです。だからこそ男性も女性も結婚したり子どもをもったりすることと、自分のキャリアは独立して進んでいけるのだと実感が得られる必要があるのです。それも今、「虎に翼」の勢いで。2030年は目の前です。
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参考文献
令和5年度人口動態統計特殊報告 令和2年都道府県別年齢調整死亡率の概況|厚生労働省 (mhlw.go.jp)
日本人が知らないフランス「少子化対策」真の凄さ 岸田首相「異次元の少子化対策」に必要なこと | 政策 | 東洋経済オンライン (toyokeizai.net)